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年越して一週間が経ちましたが、正月ネタが今日から始まります。

初詣は護王神社へ

2019年1月1日 午前2:47

年越しのお仕事が終わった彼と御所西にある護王神社で待ち合わせ。

京都御所の西側に鎮座する護王神社。平安京の建都に貢献された和気清麻呂公をお祀りしている神社です。足腰の守護神として広く崇敬されており、境内の狛猪に因み「いのしし神社」とも呼ばれ親しまれています。

引用:京都御所西側 護王神社

足腰の神様だとは知っていましたが、いのしし神社と言われているのは初めて知りますた。

門をくぐると、開運亥がどんと!

人も少なくて、いいですね〜

昨年の八坂神社は大変でしたよ。
年越しすぐに八坂神社へ初詣

まずはお手手を清めましょう。

猪って書いてある!

猪が権現であり、御手水は猪の口から水が出ているのです。

亥年にぴったりの神社です。

お手手を清めたら、ぐるっと周りお参り。

後ろを振り返ると、こちらにも猪さんが。

木彫り猪がWELCOMEを手に。

こちらにも猪がたっくさん!

猪が祀られているの、知らない人多いんちゃうかな〜

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和気清麻呂公といのしし

奈良時代・称徳天皇の御代のこと。弓削道鏡(ゆげのどうきょう)という僧が法王となって絶大な権力を振るっていました。やがて道鏡は、天皇の位も奪おうと考え、「『道鏡を天皇にすれば天下は平和に治まる』と宇佐八幡よりご神託(神様のお告げ)があった」と天皇にウソを言います。
天皇は、ご神託が本当なのか迷いました。そこで、和気清麻呂公を呼び、九州の宇佐八幡へ行って確かめてくるよう命じました。清麻呂公は宇佐八幡へおもむき、ご神前に出て「真意をお教えください」と叫びました。すると、光り輝く宇佐の大神が現れ、「天皇の後継者には必ず皇族のものを立てなさい。道鏡のような無道の者は早く追放してしまいなさい」とご神託を下されました。

清麻呂公は都へ戻り、大神のご神託を天皇に報告しました。野望をくじかれた道鏡は激しく怒り、清麻呂公の足の腱を切った上、大隅国(鹿児島県)への流罪(るざい)としてしまいます。さらには、大隅国へ向かう清麻呂公を襲わせるために刺客を放ちました。
足の腱を切られ、立つことすらできなくなった清麻呂公ですが、皇室を守った大神に感謝するため、宇佐八幡へ立ち寄ることにしました。そして、一行が豊前国(福岡県東部)に至ると、どこからか三百頭ものいのししが現れました。いのししたちは清麻呂公の輿(こし=乗り物)の周りを囲み、道鏡の刺客たちから守りながら、十里(約40km)の道のりを案内してくれたのです。清麻呂公が宇佐八幡での参拝を終えると、いのししたちはどこかへ去っていきました。不思議なことに、清麻呂公の足の痛みは治り、再び歩けるようになっていました。

和気清麻呂公と護王神社イラスト  一年後、称徳天皇の崩御(ほうぎょ=亡くなること)によって、道鏡は関東へ左遷(させん)されます。都へ呼び戻された清麻呂公は、時の天皇の信頼を得て活躍し、晩年まで世のため人のために尽くしました。
清麻呂公の立派な人柄と、彼を守ったいのししのお話は、後世まで語り継がれることとなりました。清麻呂公を祀る護王神社には、狛犬の代わりに狛イノシシが建てられ、今も清麻呂公を護り続けています。

引用:京都御所西側 護王神社 和気清麻呂公といのしし

一通りお参りしてたら、人がブワッと入ってきました。

KBS京都で年越しイベントがあったようで、それが終わった人たちが押し寄せてきました。

そそくさと護王神社を後にして、南下しましょう。

菅原院天満宮神社

護王神社から南へ下がると、もう一つ神社があります。

学問の神様、菅原院天満宮神社です。

こちらはよりひっそりとしています。

御手水がなんとお湯。

空気が冷えているので、冷めたお湯って感じでしたが、ありがたいです。

こちらでもお参りをして、新年の世界平和を願いました。

さらに南下して帰宅しますが、息が真っ白。

寒い中でしたが、混雑もなく、すんなりお参りできました。

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新春蕎麦

お参りを終えて、帰宅。

31日に年越し蕎麦を食べられなかったので、新年のお蕎麦を作りました。

大晦日、フレスコで色々揃えておきましたよ。

いつかの祝箸を引っ張り出して、新年初のご飯は、温玉きつねそば。

寒い朝に美味しいお蕎麦をいただきました。

今年もいい年になりますように!

 

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護王神社
〒602-8011
京都府京都市上京区桜鶴円町385

菅原院天満宮神社
〒602-8021
京都府京都市上京区堀松町406

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